暑い日が続いていますが、みなさんいかがお過ごしですか?

帰省先から帰って来て溜まっていた新聞の一面見たらこの記事で

http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017081302000070.html

仕入れ先と打ち合わせ 30分×月4回」「メール確認 2分×1日25〜40通」「来客者へのお茶当番 30分×月5回」…。
(中略)
トヨタ系で使う原単位のそもそもの意味は、部品一個の生産に要する材料費や人件費のこと。カイゼンの基本として、生産現場では、この原単位を下げることに心血を注ぐ。豊田鉄工は、仕事の負荷が見えにくい事務部門にも応用した。

http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017081302000070.html

「原単位」という言葉をWebで調べても、あまりはっきりしません。ですが、ある製品(ないし部品)を1単位作るのに必要な部品の個数を「原単位」と呼ぶという話があります。上記記事とあわせて理解を試みると、あるアクティビティに必要なリソース量のこと、と考えればよいでしょうか。

トヨタ式では、同時に処理する量を大きくしてそれ自体がバッファになってばらつきや不良を吸収してしまうことを嫌います。理想は一個流しで、そこにはバッファはまったく存在せず、ばらつきや不良は発生するなり検出される(ので対策される・できる、それによってムダは削減され、プロセスは強化される)というわけです。

そう理解した上で上記記事を読むと、原単位が大きすぎると感じます。「仕入先と打ち合わせ」は最小と言えるのでしょうか?

100回やったら100回同じ手順になるものであれば、ばらつきはあるべきではなく、同じ時間でできてしかるべき、という発想もわかります。しかし、そうでないものは、そうではない。生産のパラダイムにはないことなので、どう考えるかをきちんと決める必要があるでしょう。

もう一度「仕入先と打ち合わせ」を例に取りますが、「仕入先の来訪連絡を受付経由で受け取る」、「仕入先を会議室に案内する」、「打ち合わせで使用する機材を用意する」、といったことは、定型的なので、原単位を設定して管理するのに合うように思いますね。

対して、仕入先から製品に関する新たな提案や、問題の相談を受ける、といった場合(報告のフォーマットはA3一枚、と決めるなど、報告そのものは一定時間で行われてしかるべきもの、とみなせるかもしれません。内容の吟味、質疑応答や意見交換なども含めるとすると)、これは不定形のアクティビティなので、基準時間が設定できるたぐいのものではないと思います。

というわけで、最初に引用した記事に対して感じた違和感は、以下のふたつです。

  • 原単位化の対象のスコープが大きすぎて、原単位としての管理に合っていない(ものが混ざっている)のではないか
  • 生産のパラダイム(反復可能でばらつきがないことを期待できる)に合わない(ものが混ざっている)のではないか

このような疑問は、過去に生産のパラダイムを生産以外の分野に適用する際のFAQだと思います。冒頭の記事の会社ではすでに整理されて決着済のことかもしれません。だとして、事務業務へのトヨタ式適用の重点だと思いますので、記者やコメンテーターの学者にはぜひ言及が欲しかったです。